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(音白みさき)あの日、手を振ってくれた笑顔を最後に、私の心の中で今も一緒に歳を重ねている幼馴染のゆきちゃんへ

幼い頃、私の周りには男の子ばかりがいました。

近所も男子だらけで、兄の友達に囲まれて遊ぶのが当たり前の日常。

そんな環境の中で育った私にとって、幼馴染の「ゆきちゃん」は、少し特別な存在でした。

男の子たちに混ざって遊んでいた中で、からかわれ泣いた事も度々ありました。

でも、ゆきちゃんは誰よりも優しくて、無口で、いつも穏やかに

おままごとが大好きな私は、頭の中で描いたストーリーに周りを付き合わせるような子どもでした。

そんな私でしたが、ゆきちゃんは文句ひとつ言わず、私の「お話」の中の役になりきってくれました。

ある日、泥水を「コーヒー牛乳だよ」と差し出したことがあります。

今なら考えられないことですが、あの頃の私は本気で遊びの世界に入り込んでいて、

ゆきちゃんは私の世界観を壊さないように、「あ〜おいしい」と言って、実際にそれを飲み干してくれました。

その姿を、私は今でもはっきり覚えています。

子ども同士の遊びの中にあった、彼のまっすぐな優しさでした。

時が流れ、私たちは大人になりました。

私は結婚し、子どもも生まれ、生活は大きく変わりました。

実家のお墓参りに行く途中、その通り道にゆきちゃんの家があります。

縁側には、30代になっても中学時代の体操着を着た飾らぬゆきちゃんが、必ず座っていました。

無口で、変わらぬ優しい笑顔。

年に三回ほど、そんなふうに顔を合わせて、私は近況を話しました。

結婚したこと、子どもが生まれたこと。

ゆきちゃんは、私の話を変わらぬ優しい表情で、静かに聞いてくれました。

あの頃と何も変わらない空気に、私はいつも安心していました。

そして、あの日。

お墓参りではなかったけれど、実家に用事があり、帰り道で偶然、道路脇を歩くゆきちゃんの姿を見かけました。

私は車の窓を開けて「ゆきちゃ〜ん」と声をかけ、手を振りました。

ゆきちゃんは、静かに腕をあげ、優しい笑顔で、大きく手を振ってくれました。

まさか、それが最後になるなんて。

あのときは、思いもしませんでした。

あの日の手を振る笑顔が、今も頭から離れません。

この続きは、また次に書きます。

少しずつ、言葉にしていけたらと思います。

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